は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第2章 成人のカラダと水泳
●水泳と腰への負担
 「水泳は健康に良いよ」と誰もが言います。整形外科のお医者さんも「プールに行きなさい」と言います。さらに「クロールと背泳ぎは良いけれど、平泳ぎとバタフライはダメ」とも言います。お医者さんは、漠然とした背泳ぎやクロールのイメージで「良いよ」と言い、同じく漠然としたイメージでバタフライ、平泳ぎは「ダメ」と言います。
 そして、漠然としたイメージの基本になっているのは、“正しい”“理想的”な“一流”の泳ぎをイメージしてのものです。「行きなさい」と言われてプールに通う方の多くは、初心者です。確かに平泳ぎやバタフライは反動を伴って反身になりますから、腰への負担(第5腰椎周辺の前彎)は大きくなります。しかし、クロールや背泳ぎにおいても初心者は相当に反身です。程度の差こそあれクロールや背泳ぎでも反身になれば腰痛持ちの方にとっては好ましくありません。

 腰痛の予防や改善を目指して泳ぐ場合には、常に腹筋を意識し、お腹を凹ますことを覚えましょう。面かぶりで手先が水面上に出るとカラダはどうしても反身になってしまいます。手先を伸ばす正しい位置をまずしっかりと身につけます。手先は水面下約30センチ、肩よりも手先が低くなるように伸ばします。プルブイやビート板を脚に挟んで“前傾”の正しい姿勢を覚えましょう。

 水中歩行(背中を丸めての後ろ歩き)を織り交ぜながら水泳練習をしましょう。通常の前歩きは、腿の振り上げ時に腸腰筋が強く収縮します。腸腰筋の収縮が骨盤の前傾、さらに腰椎の前彎を促しますから、かえって腰痛を引き起こす可能性があります。前歩きは、変形性膝関節症に代表されるような膝関節の痛みを緩和させるために大切な大腿四頭筋の強化として効果的ですが、反面腰痛を引き起こすこともあります。前歩きと後ろ歩きとを織り交ぜて行いましょう。後ろ歩きは、過度に腸腰筋に負担をかける心配もありません。
※腸腰筋……大腿骨から骨盤前面にまたがる筋肉で、腿を上げる(屈曲)動作を司る

●動脈硬化と老化
 人間のカラダは非常に耐久性の高いものです。人間が作り出した耐久消費財(工業製品)で70年とか80年も使えるようなものはお目にかかれません。その意味で、カラダは非常に耐久性が高いと言えます。体内で新陳代謝による再生が行なわれるからに他なりません。そうはいっても、20〜30年を経過すると組織の再生スピードが破壊スピードに追いつかなくなります。徐々に老化が進む所以です。
 ヒトの老化の進度を図る指標としては幾つかのものが考えられます。その中でも血管は、他の組織臓器に先だって老化が始まります。“動脈硬化”です。医師の診断として動脈硬化と言われるか否かという問題ではなく、加齢とともに多かれ少なかれ動脈の弾力性が低下し、血管壁が肥厚し、硬くなることが一般的に認められます。弾力性のあるゴムも長期間の使用によって硬化しひび割れ、ちょっとしたストレスで切れてしまうことを私達は知っています。それと同じような状況が血管においてもいえます。ちょっとした切っ掛けで血管壁に通常以上の圧力が加わると破れ易くなります。脳血管系の障害として、「脳梗塞」「脳内出血」などは、良く耳にします。高血圧や高脂血症、糖尿病等のいわゆる生活習慣病の患者は、このような血管系のリスクが高いことが知られています。このことからも分かるように、血管の老化を最少限に抑えることが、「健康に長生きする」ための大切な要因です。

 朝早くから多くの方が、散歩をしています。ご夫婦だったり、仲間と連れだったり、犬やトラを連れていたり、一人だったり。老化の下支えとしての散歩は最も一般的でポピュラーなスポーツです。ゆっくりと比較的長い時間をかける散歩。散歩中に心拍数が大きく上がることがありませんから長い時間休まずに続けられます。

●運動としての散歩
 競泳の世界では専門化が進み、以前のように50mとか100mの短距離から400mなどの長距離までを制覇することが極めて難しくなってきています。そればかりか、平泳ぎや背泳ぎ、バタフライなどのいわゆる特種目においても100mと200mとを併せて勝つことは珍しくなってきています。距離によって泳ぎそのものが異なったものになってきているからです。
 効率の良い燃費節約型の小型車と燃焼効率度外視のハイパワー型です。エネルギー発生メカニズムとしては有酸素型と無酸素型と言ってもよいでしょう。ストロークにおいては、前者はひとかきで長く進もうというD.P.S.指向型であり、後者は、テンポ(ピッチ)指向型と言えます。
 私たちが目指す「長い距離を楽に速く」の視点から考えると燃費節約型、有酸素型、D.P.S.指向型が求められてしかるべきでしょう。

 生活リズムや習慣の問題もあるのでしょうが、中高年の方にとって散歩は手軽で健康維持に効果的です。散歩は、心拍数の調節が容易です。ゆっくりとしたペースで歩けば安静時と殆ど変わらない心拍ですし、速足にすればかなりの負荷がかかります。厳密には散歩とは言えませんが、ジョギングにすれば心拍はもっと上がり、ランニングだと更に高い心拍になります。散歩は、個人の年齢や体力、その日の体調や気分によって簡単に運動負荷を調節できる最も手っ取り早いスポーツです。

 散歩をされる方は、比較的長時間の散歩をされる傾向があります。30分から1時間、中には毎日2時間以上も歩くと言う方も少なくありません。散歩以外で中高年の方が2時間以上も継続できるようなスポーツは決して多くありません。また、散歩中は心拍数が定常状態を保っていると言う特徴もあります。概ね、心拍レベル70〜100拍(/分)、多くても120拍(/分)を越えることはありませんから、筋肉内に老廃物質の乳酸がたまりません。
 中高年の方にとって効果的な散歩ですが、デメリットもあります。膝や腰に痛みを持つ多くの方にとっては、歩くことによって、痛みは増加します。関節への体重(重力)負担というデメリットと筋力増加というメリットとの間でのジレンマです。水中での歩行は重力負担を軽減し、筋力増加というメリットを最大限にもたらします。

●心臓の余力
 散歩中のエネルギーはほとんど「有酸素的」に供給されます。呼吸によって体内に吸い込んだ空気(酸素)を肺胞から血液に取り入れ、血液のヘモグロビンで全身に運びエネルギーとする。このような有酸素的な供給システムは、中高年の方にとっては最も好ましい運動です。
運動レベルが高くなると心拍数を上げてたくさんの酸素を摂り入れようとしますが、それが間に合わなくなるとエネルギーを「無酸素的」に供給します。このときに必ず血圧の上昇を招きます。

 ちょっと難しい話になりますが、通常の運動時のエネルギーは酸素を使って行われます。1分あたりの酸素の供給量は、1回の心臓から送り出される血液量と心拍数との積によります。

1分間の酸素供給量=1回の拍出量×1分間の心拍数

 一方で、最高心拍数は加齢とともに低下します。一般的には、220からその人の年齢を引いた数値が、その人の最高心拍数と言われます。従って、10歳の子供であれば、「220−10=210」、60歳の方であれば「220−60=160」が最高心拍数の平均値といって差し支えありません。安静時心拍数は、年齢によって大きくは変わらず70程度と考えて良いので、子供の場合には、210から70を引いた140拍分が運動のための「心臓の余力」。60歳の方だと、90拍(160−70)分の余力です[グラフ(1)]。


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