は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第1章 人間とカラダと水泳
●「D.P.S.」と「テンポ(ピッチ)」
 「D.P.S.」はDistance Per Strokeの略で「ひとかき当りの距離」といった意味です。ひとかきで如何に長く進むか、勿論ひとかきで1cmでも長く進むにこしたことはありません。
 「テンポ」はひとかきの回転の速さのことです。ノンビリと腕を回していたのではスピードは上がりません。
 D.P.S.を高めようとすればテンポは下がってしまいますし、テンポを上げようとすればD.P.S.は低下します。相反するD.P.S.とテンポを個人の特性や状況に応じて旨くバランスを取ります。一部の競泳選手を除く大勢に方にとっては、その身体特性や目的を踏まえると、「テンポ指向」より「D.P.S.指向」が強いのが一般的ですし、そうあるべきです。

 D.P.S.を高める練習方法を紹介します。一定距離(一般的には25m)のストローク数とタイムを測ります。もし、ストローク数が25、タイムが25秒とします。この場合の数値の和が50。例えば、同じストローク数(25)でタイムを一秒縮めることができれば和は49、同じようにタイムは25秒でもストローク数が24になれば和は49。この数値を極力減らすように努めること。タイムが24秒になってもストローク数が27になってしまうと和は51。これはあまり感心できません。  
 常にタイムとストローク数に注意を払うことでD.P.S.は改善します。とは言っても常にタイムとストローク数を数え続けることは苦痛です。練習中に壁を蹴って真中(12.5m)までのストローク数を数えるだけなら簡単です。スタートやターンの後にしっかりと流線形を保ち、真中までのストローク数を数えることで泳ぎは格段に上達します。

※日本語では回転の速さを「ピッチが速い」「ピッチが遅い」などという言い方をしますが、もともと英語では、上下の揺れをピッチと言いますから混同しないように回転の速さをテンポと呼びます。

●筋肉と関節(てこ)
 泳ぎを考える上でどうしても水に働きかける作用点である掌の動きや形に目が奪われがちです。水を“つかむ”感覚的な面での掌の持つ重要性は認めなければなりません。しかし、その掌の動きを司る力点である躯幹や上腕の筋肉の使い方についても忘れるわけにはいきません。特にコアである躯幹(胴体)の筋肉は、そこより末端へのすべての力の基地(ベース)となる重要な場所ですし、逆サイドの腕とのジョイント部分としての機能も併せ持っていますから尚のことです。筋肉への意識を活性化させましょう。

 筋肉と関節を使って物を持ち上げたり泳いだりします。普通のてこは、シーソーのように力点と作用点との間に支点があります。力点から支点までの長さが、作用点から支点までの長さより長くなっています[図1]。そのため小さな力で大きな働きをすることができます。カラダの筋肉や関節で構成されるてこは異なります。支点が力点の外側にあり、力点から支点までの長さよりも、作用点から支点までの方が長くなっています[図2]。
 こうすることによって小さな力で大きな働きをすることはできなくなりましたが、作用点の動きのスピードを上げることができます。
普通のてこだと、支点から力点までの長さを長くすればするほど大きな力を発揮することができますが、それと相反して作用点の動く範囲は狭くなってしまいます。
 逆にカラダのてこは力点での小さな動きが作用点では何倍にも増幅されます。動きの範囲が広がることによって大きな作業が可能です。

 ヒトのカラダのてこは“スピード”と“稼動域の広さ”という点において非常に優秀です。

●抵 抗
 水の密度は、空気中の1,000倍以上ですから、水中を泳ごうとすると大きな抵抗を受けます。一口に抵抗といっても幾つかに分けられます。形状抵抗、造波抵抗、渦抵抗、摩擦抵抗の4つです。摩擦抵抗については「鮫肌水着」に代表されるようにストロークの良し悪しとは直接関係ありません。残りの3つについて考えます。
《形状抵抗》 カラダの姿勢と大きさによって規定される形状抵抗です。一般的に抵抗といったときに一番イメージし易いものです。《渦抵抗》 カラダの後方にできる一種真空状態にも似たもので、カラダを後方に吸引するように働く抵抗です。前面にできる抵抗は気になりますが、後方にできる渦抵抗は忘れがちです。《造波抵抗》 水面上や水面直下を泳ぐときには波ができます。船の船首にできる首飾り波が典型です。水底を進むときには発生しません。平泳ぎが潜水泳法のほうが速いといわれたのはこのためです。“抵抗”というとブレーキになるものといったイメージが思い浮かびますが、必ずしもそれだけではありません。水泳中掌や前腕に発生する抵抗はより大きくした方が推進力は大きくなります。
推進にプラスになる抵抗は極力大きくし、マイナスになる抵抗は極力減らします。

●揚力と抗力
 水泳の推進力は、揚力によるのか、あるいは抗力によるのか、長い間の議論でした。手が水中に入るポイントから空中に出るポイントの位置関係を見ると明らかに手は後方に移動しています。その意味で抗力が推進に関わっていることは間違いありません。一方で、泳者の泳ぎを観察するとローリングがあったり、S字型の軌跡を描いていたりしますから揚力が推進に関わっていることも間違いありません。

 さて、流水中に手を入れてみましょう(車の窓から手を出してみても同じです)。
流れの方向に掌を向けると掌には後方に押されるような圧力が加わります[図1]。この圧力を抗力といいます。抗力は常に水の流れの方向に働きます。
 次に掌を下に向けると圧力(抗力)はほとんど感じません[図2]。わずかに親指側に圧力を感じるに過ぎません。ちょっとした掌の形によっては手が上下にフラフラ揺れるかもしれません。フラフラ揺れる力が揚力です。今度は、1と2との中間、掌を傾けてみましょう[図3]。すると1の後方に押される力の他に掌が上方に押し上げられるような力も感じます。この力を揚力といいます。揚力は、必ず抗力(後方に押される力)に直角に働きます。
 背泳ぎは仰臥位(仰向け)で泳ぎますから、腰の凹み[写真?]で発生した抵抗は、他の種目以上に大きなブレーキです。
 いずれにしても、二足歩行から脱した水泳中では、腰の凹みを最小限にすることが非常に大切です。凹みを最小にすることは、抵抗の低減と躯幹筋を効果的に使うことにつながります。

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