は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第1章 人間とカラダと水泳
●慣性と円運動
 ゴルフでは地上に置いたボールにクラブがあたるとクラブの“力”がボールに伝わり、ボールは飛んでいきます。ボールが飛んだ後もクラブは同一軌道上を弧を描きます。これをフォロースルーといいます。もしも、ボールに当った瞬間にクラブを止めようとしたらどうなるでしょう。“慣性”がありますから、どうしても止めようとすれば、もっと早くからクラブを振り下ろすスピードを遅くしなければなりません。でも、遅くすればボールは遠くには飛びません。

 クロールのプルの最後のかきについてみてみます。プル動作において“加速”が大切なことは分かります。従って、腕の入水後のキャッチから最後のフィニッシュにかけて徐々に加速していき、フィニッシュ時が最高になります。水をかききった後もゴルフのスイング同様に“慣性”で腕は水面上に上がります。これが水泳のフォロースルーです。フォロースルーは水面から30〜45度程度まで続き、その後肘が曲がりリカバリー(前方への腕の戻し)へとつながります。

 すべての運動は、関節を中心とした円運動ですからその軌道は円を描きます。一つの関節だけの単関節運動であれば正円を描きますが、ストロークは複数の関節が関わる多関節運動ですから楕円となります。クロールのプル動作も「胴体のねじりとしての円運動」と「肩を中心とした円運動」、「肘を中心とした円運動」、「手首を中心とした円運動」、「手掌や指を中心とした円運動」の複合として捉えることができます。
 動作学、キネシオロジストとして有名な小林一敏氏は「双対な動作」という表現で運動様式の左右対称性について言及しています。生理学的には姿勢反射として説明されるものですが、運動の技術が左右の対称性から説明されるべきものとの理論を確立し証明しました。プルの軌跡を見て、プル軌跡の方向転換の方法や対象となる左右の腕の軌跡が不自然であれば、そのプル動作は効率的でないということができます。

●カラダの水中体積と水上体積
 水面下にあるカラダは重力を殆ど受けません。水面上に出ているカラダは重力を受けます。水泳中、水面上に腕が出たり、頭が出たり、脚が出たり、目まぐるしく変わります。
 背浮きから腕を鉛直に水面から伸ばしてキックをすると水上に出た腕に重力が掛かりますから、カラダが沈み易くなります。水上に出ている腕に体積分の重力を受けるからです。受けた重力は、カラダを沈めるように作用します。重力の中心と浮力の中心が一致するとカラダ全体が等しく沈みます。重力の中心よりも浮力の中心の方が前(頭)側にあれば脚が沈みやすくなりますし、浮力の中心の方が後ろ(脚)側にあれば頭が沈みやすくなります。水泳中にどうしても何れかが沈むのであれば脚よりも頭側が沈むほうが前傾姿勢がとれ、好ましいことです。

 クロールで腕のリカバリーの前半では腕の重たさを前方に移動させていくことが可能ですが、リカバリーの後半では腕の重たさは脚の方に移動してしまいます。ですから、リカバリ−の前半はゆっくり、後半は素速く行います。リカバリーの前半は腕を伸ばしますが、後半は肘を曲げ回転径を短くし、腕の重たさの影響を最小限にします。
右側呼吸のとき、右腕がフィニッシュを終え水上に出たときに腕は重力を受けます。同時に頭が水上に出ると頭も重力を受けます。腕と頭とがそれぞれ重力を受けると、それによってカラダは大きく沈みます。これは好ましいことではありません。腕が水上に出て重力を受けるに連れて、水上に出ている頭が逆に水中に沈みこむことによって水上体積と水中体積とのバランスがとれ、カラダの無用な上下動を無くすことができます[写真1]。

このように水上にあるカラダには重力が作用しますから、何らかの影響が泳ぎに出ます。これが、進むにプラスに働けば良いのですが、マイナスに働くようならば是正しなくてはなりません。

●上手になりたければゆっくり泳げ・・・1
 多くの水泳愛好者は、大会などに参加して自分の泳力を評価(タイム計測)したことはありません。それでも、より美しく、より格好良く泳ぎたいとは考えます。その向上心や探求心は旺盛です。そのために限られた時間内で精一杯頑張ります。一生懸命に頑張ることが、美しく泳ぐことにつながると信じています。決して間違いと言うわけではないのですが、「労多くして……」ということも少なくありません。

 スポーツの場面で、「間のとり方が・…」とか、「メリハリが・…」とか、「緩急が……」とか、「タメが……」等と言うことがあります。まったくその通りです。筋肉は縮めるよりも伸ばす(弛緩)ことの方が難しい。力を入れさえすれば筋肉は収縮し緊張します。でも、筋肉を伸ばし弛緩(リラックス)させることは難しい。「間」「メリハリ」「緩急」「タメ」などはすべて筋肉の“緊張と弛緩”と置きかえることができます。如何に緊張と弛緩を繰り返すか、効果的な緊張を促すためにその前段階としての弛緩を十分にできるか? 
 例えば、下腿三頭筋[写真?]の筋肉量が同じでその収縮(緊張)時筋肉長も同じAさんとBさんがいます。仮に収縮時筋肉長を10cmとします。Aさんの三頭筋は伸展(弛緩)したときに15cmまで伸び、10cmと15cmとの間で緊張と弛緩とを繰り返します。Bさんの三頭筋は10cmと14cmとの間で緊張と弛緩とを繰り返します。AさんとBさんが泳ぐとAさんの方が速く泳げたり、ストローク数が少なかったりします。BさんよりAさんの方が「メリハリ」のある泳ぎができます。

 緊張させるよりも弛緩させる方が難しい。このことは常に心に刻んで練習しましょう。練習中、上手く緊張と弛緩とを繰り返すこと、緊張と弛緩との幅を広げること、そのためにはゆっくりと泳ぐこと。

●上手になりたければゆっくり泳げ・・・2
 ゆっくり泳ぐと筋肉の弛緩ができ、「メリハリ」のある泳ぎが身につくだけではありません。
 クロールで考えてみます。円運動では回転の速さは運動の径の長さに比例します。腕の回転は短いよりも長い方がゆっくりとなります。逆に回転をゆっくりにすると径は長くなります[グラフ1]。
 良い泳ぎを「大きな泳ぎ」と表現することがあります。大きな泳ぎとはプルの軌跡の回転径が長いことですから、回転をゆっくりにすることによって回転径が長く大きな泳ぎになります。

 さて、仮にローリングが無いとプルの大きさは腕の長さによって規定されますが、実際には胴体のローリングが伴います。ローリングが大きくなればプルの軌跡の回転径が長くなり、さらに大きな泳ぎができるようになります。ローリングも背骨を中心とした円運動ですから、ゆっくりと泳ぐことによって回転径が長くなりローリングも大きくなります。
 ローリングが大きくなると躯幹筋をフルに使った泳ぎができるようにもなります。
 いつも、一生懸命に泳いでいると筋肉は緊張しっぱなし。ゆっくりのんびり泳ぐことの重要さ、忘れないようにしましょう。

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