は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第1章 人間とカラダと水泳
●合力(抵抗×揚力)
 1ー24ページの掌の向きからもわかるように、水泳の推進力は、抗力だけでも揚力だけでもなく、それぞれが推進力として大きくかかわっています。即ち抗力と揚力との“合力”です[図1]。掌を傾けたときに後方への抗力と上方への揚力を同時に掌に感じました。これは、抗力と揚力とを別々になものではなく“一つの力(合力)”だということです。
 後方への抗力ベクトルとそれに直角に働く上方への揚力ベクトルの合力ベクトルは、抗力ベクトルだけとか揚力ベクトルだけよりも明らかに大きなベクトルです。合力ベクトルが水泳の推進力ベクトルです[図1]。
※ベクトルの向きは力の方向をベクトルの長さは力の大きさを表します。
 掌を向ける角度を90度から0度の間で様々に動かしてみましょう。抗力(後方への圧力)は90度が最大で、角度を小さくするに連れて減少し、0度になるとほとんど感じません。揚力(上方への圧力)は90度から傾けていくにつれて大きくなり掌が45度を過ぎると再び減少し0度になるとほとんど感じません[図2]。抗力ベクトルと揚力ベクトルとの合力ベクトルが最大となる掌の傾きを探しながらプル動作を行います。この角度は、掌の微妙な形状によって変わりますが、概ね60度前後だろうと考えることができます。
 プルの軌跡を三次元からみると非常に複雑です。それぞれの瞬間において掌の運動の方向と反対に抗力は発生し、それと直角に揚力が発生し、その抗力と合力の合力がカラダを進めます。三次元的にみて手の軌跡は非常に複雑ですから、それに伴って変化する掌の傾きもきわめて複雑です。

●左右の腕の運動方向の一致・・・1
 「長い距離を楽に速く」泳ぐためには、目的方向にカラダの各部位の運動方向を集約することが必要になってきます。カラダを前方に重心移動させるためには、カラダの各部位それぞれの重心移動もその方向に合致させることです。
 クロールを例に見てみます[図1]。右手のフィニッシュ時が最もスピードが上がる瞬間です。その左手の入水に併せてカラダはやや沈みこむようにして加速します。左右の腕のタイミングを併せることの大切さは比較的知られていますが、その時の運動の方向(角度ではありません)も一致させましょう。
 左手の入水と右手のフィニッシュ。タイミングがあっているとします。
 左手はa点からb点に向けて水面に対して矢印の運動方向で突き刺すように入水します。右手はc点からd点に向けて矢印の運動方向でフィニッシュします。それぞれがb点、d点に達したときには、左手先から右手先までは胴体を通って一直線になります。左右の腕の運動方向のは一致します。
 クロールや背泳ぎも、平泳ぎやバタフライとは違った意味で波動的な動きをします。泳ぎが様々な関節の多関節運動ですから、当然です。左右の運動の方向を一致させることができました。その方向が、カラダの目的方向(水平方向)に近付いていれば効率的な腕の運動方向です。

●左右の腕の運動方向の一致・・・2
 「左右の腕の運動方向を一致させる」という考え方は非常に難しいのですが、一流選手は自然と身につけている技術です。それだけに「できて当たり前」なのかもしれませんが、私たちには難しい技術です。どうしても下のようになります。
 [図1]では左手の入水や右フィニッシュの方向は同一線上にありますが、水面に対する角度が60度ほどになり、カラダの進行方向と大きく異なります。
 [図2]では、入水の方向とフィニッシュの方向とが異なり、運動の力が分散されています。

●左右の腕の運動方向の一致・・・3
 左右の腕の運動方向をカラダの進行方向に近付け、一致させることの重要性が分かりました。では、そのときに頭はどのように動くのでしょう。左手の入水と右手のフィニッシュといえば、右側呼吸の瞬間でもあります。呼吸のために頭が上方向に持ち上がると左右の腕の運動方向と頭の運動方向は一致せず、力が分散され合力は小さくなってしまいます。顔を右側に向ける直前に
頭を多少持ち上げ、顔を右に向け口を水面上に出すときに頭は水面に対して、約30度の方向で沈みこみます。こうすると左手の入水、右手のフィニッシュと頭、三者の運動方向が一致し合力として大きなベクトルを発生します[図1]。 大きな力が発生するということは、体重移動の効果が出て推進力にプラスに作用するということでもあります。
 近年、背泳ぎで「第二アップスカル」という概念が出てきました。入水後のキャッチにかけての第一ダウンスカル、その後の(第一)アップスカルとやや下方向への第二ダウンスカルに続いてリカバリーへと続く第二アップスカルです[図2]。これは、第二アップスカルという以上に、反対側の腕の入水時のタイミングと運動方向が同一直線上に一致したことによる体重移動効果と読むこともできます。

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